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2025/08/22

【偉人レポート】吉田松陰 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

吉田松陰 身はたとえ武蔵の野に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

こんにちは。
クールペイです!
 
突然ですが⋯明治維新と聞いて皆さんは誰を思い浮かべますか?
私が真っ先に思い浮かべるのは「吉田松陰」先生です。
 
まっすぐな志だけを胸に動乱の時を突き進んだ彼を知ってほしい。
 
 

吉田松陰はどんな人物だったか?

 
彼が生まれたのは1830年。
長州藩士の名家に生まれました。
 
6歳で藩校(県立学校みたいな意味)の明倫館で講師を務めるほどの才覚を持っていて、幼少期から神童と呼ばれたエリートでした。
でも、そんな彼の人生は意外にもちっとも順風満帆ではなかったんです。
 
 

黒船に圧倒された吉田松陰は恐れおののくのではなく⋯

1853年。
23歳だった吉田松陰はペリー来航で大きな衝撃を受けます。
 
黒船。
圧倒的なその迫力は吉田松陰が知る「船」ではありませんでした。
 
「これは、到底、日本は敵わない」
 
そう思い知らされた吉田松陰。
普通ならば震え上がり戦意喪失するでしょう。
 
でも、彼は違ったんです。
もう発送がめちゃくちゃなんですが⋯小舟を漕いで黒船につけたのです。
 
目的は「学ばせてもらいたい」という純粋な探究心。
あまりにも純粋で怖いもの知らずの吉田松陰に黒船の乗組員も圧倒されたとことと思います。普通じゃありません^^;
 
彼が遺した言葉に「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」(至誠を持って事に当たれば、動かないものはない)という言葉があります。
 
きっと、吉田松陰は敵国相手でも至誠を持っていれば想いは通じると考えたのだと思います。
 
私的には超ロックでかっこいいなって思いますが⋯
これが原因で吉田松陰は投獄されてしまいます。
 

でも、牢屋の中でも吉田松陰は吉田松陰。

 
獄中でも彼は全く変わらないから凄い。
なんと、囚人仲間に学問を教えようとし始めたんです。
それだけじゃなく、囚人一人ひとりの得意分野を聞き出し、得意分野ごとに講義の時間を設けました。
 
最初はうがってみていた看守たちも、終いには彼から学ぼうと集まってきたといいます。
 
圧倒的なカリスマ性。
どんな環境でも変わらない信念。
 
人間は追い詰められたときにこそ、真の正体を見せるもの。
獄中という環境でも変わらない吉田松陰は根っから純粋に志の為に生きていると感じさせられて感動してしまいます。
 
 

松下村塾で多くの若者を育てた吉田松陰

 
「松下村塾」
吉田松陰を語るうえで絶対に外せないのがこの言葉。
ちなみに「まつしたむらじゅく」ではなく「しょうかそんじゅく」と読みます。
 
彼はここで学問と共に思想を伝えました。
その思想には、当時の腐敗した幕府を批判することも多くあり、危険因子として目をつけられていたし多くの人は怪しいモノ扱いでした。
 
しかし、そんな彼の教えを求める門下生はあとを絶たなかった。
 
「志を立てることを以て万事の源と為す」という言葉に、吉田松陰の信念が感じられます。
 
彼は、本気で、志があれば不可能はないと思っていたのだと思います。
こんなにもピュアでありながら、それを突き通せる生き方が羨ましくもあります⋯
 
 

松下村塾が生み出した志士たち

 
松下村塾は、わずか数畳の小さな空間から高杉晋作、伊藤博文、木戸孝允など、多くの英傑を生み出しました。
まさに、志があればなんでもできるを体現していると思う。
 
そして彼は身分や階級関係なしに学びたいという者はどんどん受け入れました。そして学問と志は広がっていきました。
 
吉田松陰はこんなことをよく言っていたといいます。
「教えるようなことはできませんが、共に学びましょう」
 
吉田松陰にとって、学問とは単なる学問ではなかったのだと思います。
人間としてどう生きるか、性根にあって揺るがない志がどうあるべきか。
つまりは、人間としてどう生きるかを学ぶこと。
 
それが全てだと思っていたのだと思う。
 
 

生き様ではなく死に様。

 
多くの門下生に慕われた吉田松陰。
しかし、彼の人生は29歳という若さの中で終わりを迎えます。
 
1859年。
老中・間部詮勝の暗殺計画を企てた罪で処刑されてしまうのです
 
しかし、吉田松陰は、死ぬ間際まで信念を曲げず、獄中でも詩を詠み、未来への希望を書き残しました。
 
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
(好みが朽ち果てようとも、大和魂はここに留まり続ける⋯そんな意味です)
 
この辞世の句には、彼の不屈の精神が込められていてとても好きです。
肉体が滅びても、その志はきっと滅びない。
そう思うと、信念をもって生きていきたいと真っ直ぐな気持ちになります。
 
そして、処刑の間際。
吉田松陰は自分の処刑をする首切り人に対して丁寧に挨拶をして、抗う様子一つ見せずに処刑された。 
 
 

死をもって明治維新を加速させた。

 
彼は死んだ。
若干29歳で死んだ。
 
しかし、これは終わりではなかった。
むしろ始まりだった。
 
「死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」
 
彼はこんな言葉を遺している。
もしかすると、彼は全て計算ずくだったのかもしれない。
自分の命と引換えに明治維新を加速させようと企てたのかもしれない。
 
普通ならばあり得ないが、彼ならばやりかねない⋯そう思わされるのは、吉田松陰が信念に生きる人だから。
 
結果的に、吉田松陰の死は多くの者に衝撃を与えた。
そして立ち上がった。
 
唸るような勢いで明治維新は加速した。
まさに、吉田松陰の死はトリガーになったんです。
 
 

吉田松陰のようにまっすぐ生きたい。

 
吉田松陰の生き様。
そして死に様。
私はどちらも好きです。
 
とにかくピュアなんですよね。
まっすぐなんです。
 
自分の死さえも大した問題じゃなくて、とにかく大切なのは志。
それはどんな場所にいても、死ぬ間際だって変わらない。
 
ある意味で羨ましい生き方に思えます。
私は吉田松陰のような真っ直ぐな生き方ができているとはいえないかもしれませんが、彼のことを思うと、できるだけまっすぐで在りたいなって思ったりします。