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2026/01/29

毎月100万円をファクタリングしてた常連さんがいなくなった日

常連のAさんがいなくなった日

こんにちは!
クールペイです。
 
どこのファクタリング会社にもきっと必ずと言っていいほど「常連さん」がいるものと思う。
弁済を終えてまもなく、毎月同じくらいの時期に、同じくらいの金額で、請求書の買取り申請をしてくる。
 
そのお客さんは、毎月100万円前後の請求書を買取申請してきていた。
最初は他のお客様と同じ「新規のお客様」だったが、気づけば「いつものAさん」みたいに社内でも浸透していました。
 
Aさんは壁塗装業の一人親方。
2025年1月からちょうど1年続いたAさんとのお取引について今日はお話しようと思います。
 
 

あれはちょうど1年前。Aさんとの初取引

 
CoolPayに新規のお申込みがあった。
Aさんだった。
 
彼は40代後半。私とほぼ同年代。
CoolPayは通常オンラインで完結するのですが、提出書類で確認したい点があったのでお電話でお話することに。
 
お電話では不足書類についてご案内をする共に、事業の状態や取引先の関係など色々な話をしました。
また、ちょうど同年代ということもあり話題が弾み、少年時代にみていたアニメの話や当時はやった歌謡曲の話にと脱線しながらも楽しいお話タイムを過ごして電話を切った。
 
電話で聞く限り、決して、経営状態は良くない。
しかし、Aさんはそれを正直に騙ったうえで将来的な展望を騙ってくれた。
同年代の好というのも正直ちょっとあった。
 
希望調達額は100万円。
材料費と外注費に必要とのことだった。
 
決して安くない金額。
正直かなり悩んだがAさんが騙った将来性を信じて可決することにした。
 
可決後、Aさんに資金が送金される。
Aさんから電話がかかってきて、スピーディーな対応で本当に助かったと御礼を言われた。
嬉しかった。
 
 

最初の半年間の取引はなにも問題がなかった。

 
その後、Aさんとの取引は毎月繰り返された。
毎月20日に売掛先からAさんに入金があり、それが当社に支払われる。
二社間ファクタリング契約の際に同時に締結される代理弁済契約によるものだ。
 
その後、間髪入れずに来月の請求書が買取申請される。
最初のご利用時のような書類の不備はなく、スムーズに審査が進みファクタリング契約が締結される。
 
これが、2025年1月〜8月、夏頃まで続いた。
書類不備などがなければ電話で話す機会も多くないから、私は社内データベース上でAさんが当社とのお取引を継続していることだけを確認して月日が流れた。
 
もはや、Aさんは常連さんの一人として社内でもみんな知ってるAさんになっていた。
 
 

突然の事件

 
事件は2025年9月20日に起きた。
債権管理部から『Aさんからの入金がない』と連絡が入った。
 
嫌な予感がした。
私は即座にAさんの携帯電話に電話をした。
 
「はい。もしもし」
 
良かった!繋がった。
 
『Aさん、入金が確認できてないですよ?』
もしかすると、入金日をウッカリ忘れてたんじゃないかという程度の気持ちで訪ねた。
 
するとAさんは言い出しにくそうに騙った。
 
どうやら、次の現場で使う材料や人件費が足りなくなってしまって売掛先から入ってきたお金を使ってしまったらしい。
他の売掛先からの入金が月末にあるからそれまで待って欲しいとも言っていた。
 
恐らく、Aさんはその時点ではそれほど深刻なことと思っていなかったと思う。
しかし、ファクタリング契約で買い取った金額は既に当社に権利があるから、これは使い込みになってしまう。
 
私はこれらの仕組みや深刻な状況をAさんに説明した。
最初は、ちょっとだけ不服そうな様子だったAさんも事情を把握したようで申し訳なさそうに以後絶対にしないことを約束した。
 
電話を切った後、私は債権管理部にAさんの事情を説明するとともに、月末までお待ちするように嘆願した。
幸い、これまでのAさんのご利用状況が良かったこともあり、月末まで待てることになった。
 
ホッとした。
万が一、月末までお待ちすることができない判断が下されれば、売掛先に「債権譲渡通知」が発送されてしまい、Aさんの事業に影響を及ぼしかねないからだ。
 
一段落ついて、ホッとした私。
でも、Aさんの今後に不安を抱かずにはいられなかった。
 
 

遅延が繰り返される

 
遅延していた支払いは、9月末に問題なく入金された。
その後、Aさんから10月20日の請求書買取申請が届く。
 
今まで遅れがなく取引をしていて、たった一回。たった10日間の遅延ではあるがやはり警戒してしまう。
…本当に、以前と同じように取引を継続して良いんだろうか?
 
正直、かなり悩んだが今後はもう大丈夫だろうと思い10月20日入金分の買取を決済した。
きっと大丈夫。自分に言い聞かすように心のなかで繰り返した。
 

しかし、その希望は打ち砕かれた

 
10月20日
入金期限の直前に電話が入り、翌日まで待って欲しいとのこと。
翌日の朝、問題なく入金反映の確認はできたが、2回続けて「支払い遅延」のステータスが付いてしまった。
 
11月20日
タイムリミットである15時を超過。
16:00に入金があった
 
12月20日
入金期限に振込がなく、慌てて電話をすると、またも翌日に支払うとのことで遅延。
しかし、翌日の入金は一部のみで残りのお支払いを頂くまでには数日が掛かった。
 
もはや、Aさんの信用スコアはかなり低迷していた。
 
 

そんな状況下で今までよりも大きな金額が!

 
Aさんの繰り返される遅延。
社内の与信担当者会議でも、何度も話題に上がった。
 
「この案件、もう切った方がいいんじゃないですか?」
「でも、毎月ちゃんと申請してくるし、元請け自体は優良だから……」
 
そんな議論を繰り返す。
内心では、もう経営がかなりヤバいんじゃないかと思っていた。
材料費の使い込みが繰り返されるということはキャッシュフローが完全に破綻しかけている証拠だ。
 
一人親方だからこそ、銀行融資も受けにくくファクタリングに頼らざるを得ない。
でも、そのファクタリングすら「使い込み」の道具にされてしまっている。
 
これは、もう時間の問題だ。
そう予感していた。
 
そんな最中の2025年12月。
いつもと明らかに違う申請が届いた。
金額は175万円。
過去最高額だ。
 
今までの遅延履歴、使い込みの繰り返し、与信スコアの低下……
普通なら「今回はお断り」で済む案件だった。
正直、担当者として「もう無理だろ」とすら思った。
 
でも、なぜか「一度、ちゃんと会って話を聞こう」と思った。
同年代というのもあったのかもしれない。
あの最初の電話で盛り上がったアニメの話が、頭の片隅に残っていたのかもしれない。
 
打ち合わせの日。
彼は、少しやつれていた。
でも、目は死んでいなかった。
むしろ、燃えていた。
 
「1月のこの大型案件さえ回せば、必ず息を吹き返せます。
元請けから正式発注が来てます。
金額も確定。
これさえこなせば、銀行とも話がついて、ファクタリングに頼らなくても済むようになります」
 
事業計画書、受注書、見積もり、銀行とのやり取りの履歴まですべて持ってきてくれた。
声に嘘はないと感じた。
 
「もう、材料費で使い込むようなことは絶対にしません。これが最後です。本当に最後です」
Aさんは深々と頭を下げ続けた。
 
私は迷った。
リスクは明らかに高い。
でも、あの目を見たら、賭けたくなった。
 
結局、GOサインを出した。
175万円。
今までのどの案件よりも、胃がキリキリした。
 
そして、運命の2026年1月25日。
PCの画面にAさんからの着金があったと表示された。
肩の力が抜けた。
 
少しして、Aさんから電話がかかってきた。
 
「本当に……ありがとうございました。おかげで、長い暗闇から抜け出せました。
これで、ようやく普通の資金繰りができるようになります」
声が震えていた。
こっちまで込み上げてくるものがあった。
 
「本当に良かったです。心から嬉しいです」
 
そして、いつもの癖でついこう続けていた。
「引き続き、当社のご利用を宜しくお願いします。」
 
しばらくの沈黙。
数秒だったと思うが、すごく長く感じた。
 
沈黙を破ったのはAさんだった。
「……もう、ファクタリングを使うことはないと思います。」
 
Aさんは続ける。
「でも、ここまで助けられたことは一生忘れません」
 
ああ、そうだ。
これが一番正しい結末なんだ。
資金繰りが正常化したら、私たちの出番はなくなる。
それが、ファクタリングの本質だ。
 
「そうですよね。少し寂しいですけど……今まで、本当にありがとうございました」
渡しからも感謝の言葉を送り電話を切った。
 
しばらく放心していた。
毎月頭を悩ませ、胃をキリキリさせていた常連さんが来月からいなくなる。
そして、それが一番嬉しい別れだという事実。
 
ファクタリングを続けていると、こういう瞬間が意外とある。
経営を正常化して去っていくお客様を見送ることもファクタリング会社の従業員としての役目だ。
それは、喜ばしいことだ。
 
でも、同時に、ちょっとだけ寂しくなる。
同年代の、あのアニメの話で笑った声が、もう聞けなくなるんだな、と思うと。
 
彼の会社が、この先ずっと明るい未来を歩んでいけることを強く願う。
私達との御縁は終わってしまったのかも知れないけど、一緒に苦しい中を過ごしてきた歴史は消えない。
 
毎月100万円の常連さんが、いなくなった日。
それは、寂しくも清々しくもある冬の日だった。